吾愛人について
吾愛人(わかな)について

吾愛人の歴史
天文館吾愛人は戦前、割烹として鹿児島市平之町にて開業いたしました。
開業当時の屋号は「若竹」といい、琴や三味線の音が響き連日にぎわいを見せていました。

その後昭和21年、現在と同じく天文館東千石町へ移転し、時代の波と共に
大衆料理店(郷土料理店)へと移行しました。

昭和37年には、二代目と親交のあった児童文学者、椋鳩十先生に命名いただき「吾愛人」へ改名。
その後、幾度かの改装、改築を経て現在の姿になっております。

開店致しまして以来、おかげさまで地元の方々はもちろん県外または数多くの著名人、芸能人、
スポーツ選手の方々にご贔屓、及びご愛顧を受け賜り今日に至っております。


吾愛人天文館本店

吾愛人の由来
独特な店名である「吾愛人」(わかな)は昭和37年、先代と親交のあった
児童文学者椋鳩十先生により命名いただきました。

「愛人」(かな)とは、鹿児島の南に位置する奄美大島の方言で、「愛しい人」 「大切な人」
という意味があります。

幕末の偉人、西郷隆盛が奄美大島で共にした妻は「愛加那」(あいかな)といい、
西郷自身が好んで使い揮毫した言葉に「敬天愛人」があります。

「天を敬い、人を愛する」この敬天愛人という言葉には、西郷の自己修養のための指針と、
彼の信仰的とも言える天命への自覚という考え方が含まれています。

「吾愛人」は愛する人に接するが如く、お客様に最高のおもてなしを提供したい。
という先代の願いでもあります。

椋鳩十先生による直筆の命名の書が、本店入り口に飾ってありますので、
ご来店の際は是非ご覧くださいませ。


椋鳩十先生作

椋鳩十先生略歴
1905年 長野県下伊那郡喬木村阿島に生まれる
1930年 当時鹿児島にいた姉の世話で中種子高等小学校の教員を勤め以来永住する。
その後、加治木女学校の教師となり「鷲の唄」の作品や「山の太郎熊」をはじめとする
動物物語が創作され、作家椋鳩十が誕生する。
1947年 鹿児島県立図書館長に就任
1966年 退任
1967年 鹿児島女子短期大学教授に就任
1978年 鹿児島女子短期大学教授退任。
以後執筆、講演に専念「モモちゃんとあかね」「自然の中で」「日高山伏物語」など
メルヘン、民話、小説、動物文学と作品を発表児童文学作家として不動の地位を得る。
「片耳の大鹿」文部大臣奨励賞をはじめ数々の賞を受賞する。

椋鳩十先生